命短し燃えるは乙女

いつか妖の姿になってしまう主人公、水落萌香には今好きな人がいた。妖になる身である萌香に母親は「人間の生活を全力で楽しんでほしい」と言い聞かせる。

親友の太右衛門、想いを寄せている涼太と共に妖の事件に巻き込まれつつ水落萌香なりの全力で人生を楽しんだお話。



男女比  2:2:1 (男2女2不問1)

所用時間 50分(たぶん)

字数   14,000字



キャラ一覧

水落 萌香   恋に燃えている。主人公なのでよく喋る。

おかあちゃん  ただの女。妖と番った強い女。

涼太      最近町に越してきた人。タエとは打ち解けてきたが萌香とは別に……。

太右衛門    いい親友。おタエちゃんとふざけて呼ばれるがその呼び方は嫌いな癖に実は少女趣味がある可愛いやつ。友情にアツい男

古鶏      古い言葉をしゃべる。おかあちゃん役の人が兼ねるといいかも



当作品はボイストランドに投稿するために作成しました。
作品の全文はボイストランド様に掲載し、こちらではその一部を載せています。


◎恋愛で書いたつもりだったのに妖怪バトルファンタジー色もまあ強いです

◎むしろ妖怪バトルファンタジーです

◎キャラそれぞれのセリフ差やばいです


おかあちゃん:大昔、争いが起きて人は食べ物に苦しんだ時代。星を見て善悪を占った時代があったの

おかあちゃん:そのころ、この長寿町に大火災が起きた。何人もの大男が川から水をはこんでも火の勢いがとまらなかった。数えきれないほどの人が燃え、数えきれないほどの思い出が消えた日。

おかあちゃん:町の住民は弔いと怪火(かいか)を納めるために、神社を建てたの。それがあの照降(てりふり)通りにある照降(てりふり)神社。

おかあちゃん:いつも御参りするでしょう?

萌香:うん

おかあちゃん:おかあちゃんの小さい頃にね、この神社が一回火事になったの。大人のみんなが不吉ねって大騒ぎしてた。私、その時に

おかあちゃん:お社(やしろ)をごうごうと燃やす怪火(かいか)の青に【顔を見た】

萌香:お顔?

おかあちゃん:そう。不思議よね。炎の中に青い煙が吹いていたの。そこには確かに顔があった

おかあちゃん:怪火は赤い手足を高く燃え上がらせた。そのとき怪火とおかあちゃんは目があってね。なんだか不思議な気分になったのよ

おかあちゃん:その日から怪火をよく見るようになった。だからおかあちゃん、お社を何度も通ったわ。だんだんその怪火がお話をしてくれることに気が付いたの

おかあちゃん:怪火はいろんなことを知ってたわ。恨み辛みを含めた【人の想い】を受けて、火をたぎらせるのが【怪火】なんですって。仕事があればここから消えると。

おかあちゃん:でも、おかあちゃんが大きくなっても怪火は変わらない姿でそこに待ってくれた。どんなことが起きても、どんなにひもじくなっても、体の火を絶やさず、ずっと

おかあちゃん:ある日おかあちゃん、家族からお見合いの話を出されたの。それで

怪火に相談をしたら、あの子はすごく怒ってねえ。夕焼けが襲ってきたと思うくらい大きく体を燃やして私を包んだの

おかあちゃん:「おれはもうきみしかわからないのに、きみはおれ以外の誰かと番うのか。ならば、ならば、おれに水をかけろ。あるいはきみを燃やし尽くす」と

萌香:も、燃やされちゃった?

おかあちゃん:いいえ、燃やされなかったわ。

おかあちゃん:赤い炎の手足に包まれてもちっとも熱くなかった。ああこの人、こんなに悪いことをするのに私は殺せないのね、とわかってしまったら、とても愛おしくなってしまって……

おかあちゃん:お見合いをするなんて悪いことしてしまったなあと思ったの。だからお見合いはやめた

おかあちゃん:わたし、怪火のお嫁にいくことにしたの

萌香:……!

おかあちゃん:怪火はあなたのおとうちゃんなのよ

おかあちゃん:いい、モエカ。半妖のあなたは15の歳に妖怪の姿になってしまう

おかあちゃん:今話したおとうちゃんと同じ姿になるの

おかあちゃん:だからね、モエカ。おかあちゃんとの約束

おかあちゃん:人間の生活を全力で楽しんでほしいの

おかあちゃん:楽しいことも、辛い事もたくさんするのよ

おかあちゃん:そして、怪火のように優しいひとになるの

おかあちゃん:おかあちゃんとの、お約束

 : 

 : ________________

 : 

萌香:ねえおタエちゃん

太右衛門:おタエちゃんやめて

萌香:人間を全力でたのしむって何すればいいとおもう?

太右衛門:ええ? 何の話?

萌香:こっちの話

太右衛門:うーん

萌香:で

太右衛門:まって、何の話

萌香:人間を全力で

太右衛門:まだその話?

萌香:タエならどう楽しむ?

太右衛門:えっ? えーっと

太右衛門:うまいご飯たべるとか

萌香:ほか

太右衛門:えーっと 竹刀の素振り

萌香:ほか!

太右衛門:あー、あれだ。今なら照降(てりふり)神社のお祭り!

太右衛門:大通りからあがった先の丘の上の公園じゃなくて、いつも俺らがいく墓ンとこ。そこからみる打ち上げ花火!

萌香:花火かぁ

太右衛門:いかねーの? リョウタと

萌香:なんでリョウタと!?

太右衛門:だって好きじゃん

萌香:……いかないよ

太右衛門:なんで?

萌香:変でしょ。私が誘ったら

太右衛門:そこはほら、俺がどうにかするって

萌香:そこまでしなくていいし

太右衛門:なんでぇ?

萌香:だって、なんか恥ずかしいし……

太右衛門:好きなら一緒にいきたくねえ?

太右衛門:ほら、浴衣着て帯もちょっと緩く閉めて、家の恰好すんだよ。それで山のぼってる途中で鼻緒が切れて

萌香:意味わかんない

太右衛門:そしたらあいつ律儀だから手ぬぐいかなんか持ってるんだ。それを千切って切れた鼻緒を直してやって、それを直しているあいだは階段で二人で座っちゃったりして

萌香:はあ

太右衛門:「ごめんね」「ううん、これくらい大丈夫だよ。足は平気?」「うん。おかげさまで」

萌香:何言ってんの?

太右衛門:そんな会話をして、そこであがった花火の綺麗なこと!

萌香:夢見すぎだよ、おタエちゃん

太右衛門:夢見なさすぎだよおモエちゃん

萌香:やかまし

太右衛門:まあとにかく、いま何かを楽しむなら花火だ。祭りだよ。楽しみだろ

萌香:そうだけどさ……いましたかった話はそんなんじゃないというか……

太右衛門:なんだよ

萌香:なんでもない

太右衛門:あ、そ。

太右衛門:でも、リョウタって人に好かれるからなァ。早くしないと誰かに取られちまうよ

萌香:取……ッ!

太右衛門:そう。ホの字の女なんか沢山いるじゃんか。モエカも含め

萌香:ワ! 私は! そんなんじゃ、ない、というか……

太右衛門:じゃあなんだよ

萌香:なんでも……てか、ホ、ホれてなんか

涼太:あ、二人ともここにいたんだ

太右衛門:あっリョウタ

萌香:りりりリョウタくん!?!?!?!?!?

涼太:何話してたの?

太右衛門:世間話。リョウタこそどうしたんだ?

涼太:なにも、なんとなくだけど……。ジャマだったかな。外すね

太右衛門:ジャマじゃねーよ。リョウタもこいよ。な、モエカもいいだろ

萌香:ウ、ウ、ウ

涼太:……僕、ジャマじゃない?

太右衛門:ジャマじゃないジャマじゃない

萌香:ウン

涼太:そう? じゃあお邪魔します……

太右衛門:そういえばリョウタ、照降(てりふり)神社のお祭りいく? 俺らいこうかなあって思ってるんだけど

涼太:おまつり?

太右衛門:そ、花火がすげえ綺麗に見える場所知ってるんだ

萌香:ちょっと!

太右衛門:黙れ。

太右衛門:そんでさ、寺子屋の横にある山に子供でギリギリ通れる抜け穴があるんだ。そこを抜けて右の奥の方に行くと長い階段があるんだよ。その上ってここらへんの偉い人の墓があるらしいんだけど、あんまり人が来ないからさ。俺たち毎年花火をそこで見てンだ

涼太:へえ~

萌香:でも、あの抜け穴、そろそろ通れなくなりそうだよね。私たち

太右衛門:モエカはずっと通れるだろ。背なんて変わんないんだから

萌香:ムッカァ

涼太:アハハ。でも、そういう秘密の場所があるの、いいですね

太右衛門:リョウタの前にいた町にはなかったのか?

涼太:うん、都(みやこ)って本当に森っていうのがないんだよ。花火とかお祭りはやっていても、人が多くて僕はあんまり好きじゃなかったな

太右衛門:そうなんだぁ

涼太:でも、妹はそういう場所が好きみたいで、よくついてきてとねだられては遊びに行ったんだ。僕も、人は多いけど屋台やらで飯を食ったり遊んだりするのは好きだった

太右衛門:だよな~! あれ面白いよな~~~!

太右衛門:祭りの日は神社行くと屋台やってるんだ。朝市やってるあの通りの店あるだろ? あそこの人らが店出すんだよ。焼きそばとか上手いんだから。絶対いこうぜ

涼太:うん。いこう

涼太:えっと、水落さんは

萌香:ハイ!?

涼太:……いつもお祭りいくとき、どういうことするんですか?

萌香:ワタ、ワタ、わたしっ?

太右衛門:お前にしか聞いてない

萌香:えっと……

涼太:うん

萌香:ワタガシとか、食べます……

太右衛門:嘘つけ。(殴られる)イッタァ!?

涼太:お菓子おいしいですよね。妹もよく食べてました

萌香:そ、そうなの~

太右衛門:イテ~……。

太右衛門:そういえばモエカ、その着物あたらしく貰ったのか?

萌香:そ、そうだよ

太右衛門:なんか、……似合ってないぞ

萌香:ハア!?

涼太:あー、確かに水落(みずおち)さんにはネズミ色は合わないかも……

萌香:ど、どうして!? ネズミ色のお着物は都の若い娘たちの間で流行ってるっておかあちゃんが言ってたんだよ!?

涼太:確かに薄い色の着物はよく見たけど……

萌香:おかあちゃん、「似合ってるね」って言ってくれたのに!?!?

太右衛門:モエカのかあちゃん、モエカのこと甘やかしすぎるから

涼太:子供のことを素直に褒められる親って素敵ですよね

太右衛門:モエカはこう、派手な色が合うな。大ぶりの絵とか派手柄の帯とかが似合うよ。流行りに合わせたのはわかったけどその着物を祭りで着るのはやめとけ

涼太:あ~……

萌香:な、なにそれ! 二人とも酷い!

 : 萌香は立ち去った。

涼太:い、言い過ぎたかな……

太右衛門:大丈夫だろ。また明日も話すし

太右衛門:それに逃げ出す口実ができたんだ。あいつも嬉しいだろ

涼太:どういうこと?

太右衛門:なーにも。こっちの話

 : 

 : 

 : 

 : ________________

 : 萌香、家に逃げ帰る。

 : 

萌香:ただいまおかあちゃん

おかあちゃん:あらおかえりモエカ

萌香:ねえおかあちゃん。この着物似合ってる?

おかあちゃん:え、? ……似合ってるわよ?

萌香:なに今の間

おかあちゃん:なあに、またタエモンに言われたの

萌香:そうなの! 「モエカ、それ似合ってないぞ」だって! そんなはっきり言わなくてもいいじゃない! ヒドい!

おかあちゃん:あらあら、ほら、やっぱりおかあちゃんが貰ったあの赤いお着物をきましょ。持ってくるわね

萌香:……うん

萌香:このネズミ色のお着物。可愛くて好きだったのにな

萌香:……えへへ、今日はリョウタくんと沢山話せた。うれしいな

おかあちゃん:なーにー? いいことあったの?

萌香:ううん! なんでもない!

おかあちゃん:そうだモエカ。お夕飯はどうする? たくさん食べる?

萌香:お夕飯いらない。お腹すいてない

おかあちゃん:そう……

おかあちゃん:ねえモエカ。最近たのしい?

萌香:うん。たのしいよ

おかあちゃん:ならいいの

おかあちゃん:おとうちゃんもねぇ。おかあちゃんのご飯は食べてくれなくてねぇ

おかあちゃん:寂しくなるわね

萌香:なぁに? なんか言った?

おかあちゃん:なんでもないわ

 : 

 : 

 : 

 : ________________

 : 翌日 昨日とおなじとこ

 : 

太右衛門:あれ? リョウタは?

萌香:ここにいるわけないでしょ……私がいるんだから……

太右衛門:あっれー。おかしいな。道場にもいないし長屋にもいないからてっきり……

萌香:なに?

太右衛門:モエカ、昨日リョウタと会ってないよな?

萌香:うん。リョウタくんどこにもいないの?

太右衛門:そうなんだよ。リョウタのおかあちゃんも心配してるんだ。モエカも手伝ってくれ

萌香:……どこまで探したの?

太右衛門:えーっと、まず照降(てりふり)通りは見たなあ、あとあいつが行きそうなこういう基地を回って探してて……

萌香:二丁目のお屋敷は?

太右衛門:……あんなとこ近づくとおもうか?

萌香:リョウタくん、最近引っ越してきたんじゃない。あの屋敷の話を知らないなら、近づいちゃうかもよ

太右衛門:探すとしても最後にしようぜ、他のとこで迷子になってるかもしれないし

萌香:そうだとしてもまず屋敷からいこうよ。近いんだから

太右衛門:でも……

萌香:いいから! 探すよ!

太右衛門:……ハア、あのあたり、明らかに空気がおかしいから行きたくないんだよなあ

萌香:気持ちはわかるよ。ここらへんの人は絶対近寄らない。それが外国人が住んでた二丁目のお屋敷だものね

太右衛門:持ち主が死んで何年だっけ

萌香:もうずいぶん経ってるんじゃないかな

太右衛門:ウウ、本当にいくのか? やっぱ他のとこから先に行こうぜ……

萌香:どっちみち全部探さなきゃいけないなら日が高いうちが絶対いい

太右衛門:そうだけどさ~~~

萌香:ほら、あっと言う間にみえてきた

太右衛門:ウウ、おぞ気がする。なんでこんな町の中心に建てたんだか……。もうすこし離れたところに建てろよな

萌香:……あれ? あの庭、あんなに明るかったっけ

太右衛門:明るい? 暗いだろ。あの屋敷に今、住んでる人はいない

萌香:ううん。明るい。みたことない色してる

萌香:それにほら、池だって、魚が泳いで……

太右衛門:モエカ、変なこというなよ。池に魚はいない。ほら、さっさと屋敷の中見て帰ろうぜ

萌香:……見えないの?

太右衛門:なにが?

萌香:……

太右衛門:な、なんだよ。早く中に入るぞ

萌香:ダメ。タエモンは入らないで

太右衛門:なんで

萌香:私ひとりでいく!

太右衛門:なんで! 

萌香:大丈夫だから。たぶん

太右衛門:多分ってなんだよ。俺だって大丈夫だよ。だっていつも稽古して体鍛えてるんだ。ただビビりなだけで

萌香:そういう問題じゃない気がする。ここ、本当におかしいよ

太右衛門:じゃあモエカは大丈夫って?

萌香:そう

太右衛門:(突然モエカの胸元を掴む)

萌香:ッ!?

太右衛門:振りほどいてみろよ

萌香:そんなの、急に

太右衛門:俺は、今からお前を投げる。振りほどいてみろ

萌香:(もがく)

太右衛門:3、2、1。 ッラァ!(投げる)

萌香:ッイ! た!

太右衛門:……俺のことは振りほどけねぇ、投げられても受け身がとれねえ、すぐに立ち上がらない。それで何が【大丈夫】なんだ

萌香:ち、ちがう、そういう話じゃない

太右衛門:なんだよ違うって

萌香:う、うまく、言えない。い、言いたくない

太右衛門:幼馴染の俺でも言えないことってなんだよ

萌香:……

萌香:ごめん

太右衛門:ごめんってなんだよ! 昔からそうだ。謝れば済むと思ってる

太右衛門:そのたび何度も言ってるよな。逃げるんじゃない。話し合え。めちゃくちゃでもいい、心のうちを出せって。それでぶつかるかもしれないけどさ、それは怖いことだろうよ、でもなにも言わないで逃げるのが一番ダメだ

太右衛門:ごめんじゃなくて、訳が聞きたいんだ。言葉がぐちゃぐちゃでも聞くからさ。なあ、モエカ

萌香:……タエモンは、いつも正しい

太右衛門:おう

萌香:力も強い

太右衛門:おう!

萌香:女の子が相手だろうが遠慮はしないし

太右衛門:ハア?

萌香:夢見がちで乙女みたいな想像もする

太右衛門:なんだよ

萌香:尊敬する。すごいなあって思ってる。親友で、幼馴染で、嫌われたくないから、良い所だけ見せようとしちゃう

太右衛門:お前の悪い癖な

萌香:ウ

太右衛門:で? なんか策でもあるの

萌香:……いやごめん、言えないや

太右衛門:ハア?

萌香:こう、なんて言えばいいのかよくわかんなくて……。実際できたらいいんだけど

萌香:でも、今回のは、道場で習ったことでも太刀打ちできない【力】が働いてる。それだけ言える

太右衛門:……じゃあモエカはその力がわかって、それに対抗できるんだな?

萌香:う、うん

太右衛門:じゃあ今出してみろよ

萌香:……

太右衛門:ほら

萌香:……そう、お母ちゃんが言ってただけだもの。出し方なんて知らない

太右衛門:はあ?

萌香:私たち、今年で何歳だっけ

太右衛門:15だろ。幼馴染で同い年だから一緒のはずだ

萌香:そうだよね……

萌香:そろそろ出てくるはず、なの、に……

 : ふと萌香は屋敷の池に目をやった。

太右衛門:モエカ?

萌香:ねえ、池のなかにリョウタくんいない?

太右衛門:池?

萌香:そう! 池の中にリョウタくんの影が!

太右衛門:……いないよ。ただの池だ

太右衛門:でも、モエカは見えるんだな?

萌香:……

太右衛門:フッ

太右衛門:こんなところで変な嘘つくやつじゃないって知ってるからさ。だてに15年も親友やってねーわけだ

太右衛門:俺にはわからねー力が、策が、モエカにはあるんだろ

太右衛門:モエカ

萌香:うん

 : 太右衛門は萌香に手を差し出した。

太右衛門:ここはお前に頼んだ

 : 萌香は手を繋ぐ。

おかあちゃん:(【人の想い】を受けて火をたぎらせるのが【怪火】なんですって)

 : ボワリと灯るように萌香の体から火があがった。

太右衛門:ナッ、なんだ……!? 急にモエカの肌が燃えて……!?

萌香:……!

太右衛門:モ、モエカ!? 大丈夫か!?

萌香:大丈夫! 私、いってくる!

太右衛門:おう! いってこい!

 : 

 : 

 : 

 : ________________

 : 萌香は燃えた体のまま二丁目の大屋敷に侵入した。

 : 外壁をくぐる。

 : 途端、空は紫色になった。屋敷にはいないニワトリや猫の鳴き声。有象無象の動物の気配。

萌香:ど、動物……!?

萌香:あっマズい! 体に灯った火がなくなっちゃった!

 : 

 : その先の屋敷の部屋の中に涼太はいた。

 : 

涼太:水落さん……!?

萌香:リョウタくん! リョウタくん探したよ。さあ__(一緒に帰ろう)

涼太:ねえ水落さん、こっち来てください

涼太:ここに妹がいるんです

萌香:……いもうと?

涼太:そう、ほら、ハギノ、挨拶をして

 :そう言って涼太は近くに居た猫に挨拶を促した。

 :猫は鳴かない。ジッと萌香を見つめている。

涼太:ハハ、ごめんなさい水落さん。ハギノは人見知りするんだ。悪く思わないでくださいね

涼太:ねえハギノ、さっき、この屋敷にはぼたもちがあるって言ってたよな。水落さんは甘味が好きなんだ。三人分持ってきてくれ

涼太:あとお茶も。さっきおばあさんが持ってきてくれた茶が上手かった。あれも淹れてきてくれ

 :猫は涼太の要望を聞くと部屋を出て行った。

萌香:リョウタくん、ここがどこだかわかる?

涼太:えっ、……

萌香:障子を閉めよう。ここは目が多すぎる

涼太:でも、ハギノが帰ってくる

萌香:あの子はホントにハギノちゃんなの?

涼太:……

萌香:……ねえ、ここがおかしい世界だってこと、わかるでしょう

涼太:連れ戻しにきたんですか

萌香:外で皆が待ってる

涼太:でも僕はここから出たくありません

萌香:リョウタくん!

涼太:だって、ハギノがいる。家主にも話をしました。二人でここに住んでもいいって

萌香:家主だって!?

涼太:はい。皺だらけの人の好さそうなおばあさんが。嫁に困ったらここで見繕える。おとうちゃんとおかあちゃんにも合わせてくれる。友だちならここで作ればいい。上手い飯もなにも用意できるとおばあさんが、

萌香:ここに家主はいないよ、リョウタくん

萌香:ここは昔、劉(りゅう)という名字の外国人が住んでた家なの。その人はとっくに亡くなってて、でも取り壊せないまま江戸の今も残ってるお屋敷がここ。

萌香:来て分かった。ここは【妖の家】なんだね

萌香:ねえ、リョウタくん。このままここにいたらリョウタくん、食べられちゃうよ。家の奥に、すごく強い【何かの気配】がする

萌香:そいつがこっちに来る前に、一緒に逃げよう

涼太:……

涼太:あかしは……

萌香:?

涼太:証はないんですか。ハギノが偽物であること、水落さんが本物であることの、証が。

萌香:……

涼太:いえ、いえ。わかってるんですよ。本当は

涼太:ハギノがとっくに死んでしまっていたことくらい

涼太:妹は、都で、殺されてしまったんです。殺されてしまったから僕らは引っ越しをしました

涼太:妹が死んだこと、わかってたつもりだったのに

涼太:この屋敷のおくで妹の姿が見えて、思わず飛び出してしまって

涼太:また妹に話せたことが、本当にうれしくて……

萌香:……

萌香:……外で、タエモンが待ってる

萌香:タエモンだけじゃない。リョウタくんのおとうちゃんとおかあちゃんが、リョウタくんをずっと探してる

萌香:約束だってある

涼太:約束?

萌香:三人で花火を見に行くって、タエモンとした約束

萌香:山の上のお墓から見える真っ赤な花火を見るんだよ

萌香:きっと浄土のほうから妹さんもみてる

涼太:……はい

 : 部屋の外から次第にヘビの威嚇音が響いてくる。

萌香:……ああ、ここから出ようなんて話をしたから

涼太:部屋の外に【誰かがいますね】

萌香:リョウタくん、私から離れないでね

涼太:いや、ここにきたのは僕のせいなんだ。僕が水落さんを守ります

萌香:……リョウタくんは、【部屋の外にいるのが何なのか、わかってるの】?

涼太:……【人間じゃないんですか】?

 : 襖のすぐそこまで、ヘビの威嚇音が響いている。

萌香:リョウタくん、私の後ろにいてね

萌香:<ジャを払うには、柏手(かしわで)ひとつ>

 : 萌香は一つ拍手をした。

 : 萌香から炎が巻きあがる。襖ごとヘビを燃やす。

涼太:……ッ!

涼太:なるほど、【ヘビ】だったんですね

涼太:僕には人に見えるけど、燃えたあとはヘビに見える

萌香:ここは私に任せてほしい

涼太:そうしたほうがよさそうだ

涼太:でも、ここからでる方法はあるんですか?

萌香:私が来たときみたいに、外壁を通って外に出ようかなと思ってたけど、多分外にはニワトリがいる。この屋敷にいる動物のすべてが敵と考えると、さすがにキリがない……

涼太:……

涼太:煙は外に向かってあがりますよね

萌香:? うん

涼太:みてください。水落さんの体からあがる火と煙が、屋敷の外でも空でもなく隣の部屋に逃げてる。

萌香:ほんとだ

涼太:そこから考えると水落さんの火は不思議と、妖の家の外を理解しているのかもしれない。これを辿れば僕たちは外に出れる

萌香:なるほど! それはありえるかもしれない。屋敷の中で外に出る方法があるなら探してからでも多分、だいじょうぶだ

涼太:でも、それで水落さんはかえれるんですか?

萌香:え?

涼太:そんな姿になって、実は水落さんは死んでるなんて、ないですよね?

萌香:……死んでない、よ

涼太:じゃあどうしてそんな姿に

萌香:ここだけこうなれるんだよ。私の秘密

涼太:……なるほど。そうなんですね

涼太:ここでは不思議なことが沢山起きる。水落さんのもその一つなんだ

萌香:そういうこと。さあ、行こう

 : 二人が部屋を出ると、そこには一匹の猫がいた。【ハギノ】だった。

涼太:ハギノ……!

萌香:騙されないで。あの子、ただの猫よ

涼太:……

涼太:すまないハギノ。にいちゃん、帰らなくちゃいけないんだ

 : 屋敷の庭にいたニワトリがけたたましく鳴きだした。

萌香:……!? 屋敷の奥の強いなにかの気配が動き出した!!

萌香:早く逃げるよ!

涼太:ああ!

萌香:<ジャを払うには、柏手(かしわで)ふたつ>

 : 萌香は一つ拍手をした。

 : 

涼太:水落さんの煙はこの部屋に続いてる。でも、ここから先がわからない……

涼太:水落さんは? また何か見えたりしない?

萌香:……わからない。屋敷の存在のほうが強くて、そっちに気がいっちゃって

涼太:なるほど……

 : 涼太は部屋の中へ歩むと部屋中のものをひっくり返し始めた

涼太:ッ……! 、!

萌香:リョウタくん!?

涼太:昔話なら! こういうとき、どこかしらに穴があるはずですよね!

涼太:ほら、おむすびころりんとか、あと、えーっと、色々な話で!

萌香:……そうだったかも

涼太:僕、探します。なるべくすぐ見つかるように

涼太:だから水落さんは悪いものがここに来ないように、お願いします

萌香:うん

萌香:外はまかせて

涼太:……ないッ! ない!

萌香:……

涼太:ここも違う。壁にはなにもない

萌香:小さいものの気配が止まった。様子を見られている

萌香:かわりにすこし強そうな気配がひとつ

 : バタンと外につながる障子が開かれた。

 : そこには尾のながい鶏がいた。

萌香:なるほど。ニワトリには大将がいたのね

萌香:ヘビ、ネコ、ニワトリ、共存してるのおかしいわよ。ほんと変なお屋敷ね

古鶏:……幸の横取りかと立ち見たが、さてはうぬめ、半妖じゃな?

萌香:……

古鶏:なれや、おのらも堕ちたものよな

古鶏:もろとも往ね

萌香:ッ……! 死なない! 私は、私たちは、絶対にここを出るッ!

古鶏:出で立ち急ぐほどやかましい

涼太:あった! ありました! ここに! 大穴が!

萌香:<ジャを払うには、柏手(かしわで)みっつ>

 : 萌香は一つ拍手をした。

涼太:すごい……ッ! 炎が! 部屋中を燃やしている!

古鶏:ッ! たかが火嬲(ひなぶ)りッ!

萌香:早く大穴へ!!!

涼太:こっち!

古鶏:者どもッ!! あれらを追えッ!!!

萌香:追わせないッ! 

萌香:私たちは生きるの。こんなところで、リョウタくんを殺させない

萌香:人の想いで焚かれた怪火に、焼かれ尽きなさい

 : ゴゴウと火柱があがった。

 : 

 : 

 : ________________

 : 大穴の中を二人で歩いている。

 : 

萌香:リョウタくん。けして後ろを振り向かないで

萌香:私の炎だけを見てるんだよ

涼太:……

萌香:……

涼太:……ねえ、水落さん

萌香:なに?

涼太:もう、あの人たちは来ないんですよね

萌香:うん。もう来ない

涼太:……ここはどこなんでしょうか

萌香:妖の家と、私たちの住んでるところの間、かな。まだまだ道のりは長そうだよ

涼太:そうですか……

涼太:……

涼太:火は、熱くないんですか

萌香:熱くない

涼太:もう追手はいないのに、火は収まらないんですね

萌香:……

涼太:……水落さんは、何者なんですか

萌香:……

涼太:……

萌香:……言いたくない

涼太:……

萌香:ごめん

 : 

 : そこから二人の会話はなかった。

 : ________________

 : ようやく外に出た。

 : 空はすっかり暗くなっていた。

 : 

涼太:で、出た……夜だ。月が出てる。久しぶりに見た心地だ。ねえ、水落さん、

涼太:……水落さん?

萌香:……

涼太:ど、どうして? 水落さんの体から火が止まらない!? もうあの屋敷からは出たのに!!

萌香:いいの

涼太:でも

萌香:もう、いいの

涼太:まさか、あの時だけっていうのは嘘だったんですか

萌香:ごめん

涼太:水落さんも、妖だったんですか

萌香:ごめんなさい

萌香:今、わたしを見ないで

 : 

 : 

 : 

続きはボイストランドへ

行雲流水

「こううんりゅうすい」 ありのまま私の思いついた作品を投稿したいという思いで名づけます。

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