【未来童話】眺めたおじいちゃんと人魚
ある町に車いすに乗ったおじいちゃんが住んでいました。
おじいちゃんは青いカーディガンに、白いズボン、黒い靴を履いて、家のそばにある海を波打ち際まで寄って眺めているのが好きでした。
おじいちゃんはいつも一人でした。一人で海へ向かい、お昼には持ってきたサンドイッチを食べて、日が沈むまで眺めていました。
その日も、おじいちゃんは海を眺めに行きました。
陽の光に当たってピカピカ光る海に、一人の女の子が泳いでいるのを見つけました。
ですがここは岩ばかりの危ない海。ここらに住むものなら誰もが泳いではいけないと習うはずです。
おじいちゃんは心配になって女の子へ近寄ると、女の子もおじいちゃんのほうへ近づきました。そこで、女の子がただの女の子ではないと気付くのです。
「こりゃ たまげた あんた 人魚か」
幼い女の子の、海に遊ばせた髪の毛の下には大きな魚の尾がありました。
その尾もまた海のようで、陽に当てるとピカピカ輝きました。
「こんにちは
あなた いつも ここにいるでしょう
みてたのよ」
そういって、人魚はおじいちゃんに近づきました。
「いちど きいてみたかったの
あんなに うみを ながめて
あきないの?」
おじいちゃんは人魚の質問に答えました。
「あきないとも
わたしは うみが だいすき なんだ」
「うみの なかを みたこと あるの?」
「ちょくせつは ないけども
そとからでも うみが きれいなこと
しっているよ」
「すごい! ものしり なのね」
「やたら たくさん しってる だけだ」
「でも すごいよ
ねえ もっと おはなし しましょう」
そうして人魚は毎日ここへ来るおじいちゃんのお話をねだりました。
ですからおじいちゃんも、毎日ここへ来ては人魚にお話を聞かせてやりました。
「きみは しょうらいの ゆめを
かんがえたことは あるかな?」
「しょうらいの ゆめ?
しょうらいって なに?」
「きみが みらい からだも こころも
おおきくなった ころの ことだよ」
「それが しょうらい なのね
そうね おおきくなったら
このひろい うみを ずっと およぎたいわ
それで ともだちを みつけるの」
「きみには おともだち いないの?」
「いないわ きっと せかいのどこかに
いきてるって ままは いうけど
さがしに いくには うみは ひろすぎる」
人魚は想像しました。輝くサンゴ礁とそこを泳ぐサメや小魚たち。そして隅まで仲間を探しても見つからなかった悲しさ。人魚はサンゴ礁に住んでいましたが、ここから離れるということは、底が見えないほど深く広い大海を渡らなければいけないことを指しました。
今の幼い人魚があそこを泳ぐのは危険でした。
そろそろ空が赤く染まりだします。二人の会話が終わる時間です。
おじいちゃんは空と同じ色になった海の下を想像しました。
空では赤色はやがて紫色になり、子供のための夕暮れの放送が流れますが、海もそうなのでしょうか。
「おじいちゃんの しょうらいの ゆめは ないの?」
「おじいちゃんは もう しょうらいに なったんだ
ゆめを みたって しょうがない」
「じゃあ しょうらいの むこうがわの こと
かんがえましょう
にんげんは おおきくなって
おおきくなった さきは どうなるの?」
「そうだなあ いろんなところに いけるし
いろんなものに なれるよ」
「すてき!」
「そうなったら わたしは
うみを およぐ なにかに なりたい
うまれたときから あしが わるくて
みずを およぐ なんて できなかった から」
「とっても すてき
それじゃあ なにかに なれたら
おしえてね わたし
しょうらい あなたを さがすわ
そのとき いっしょに およいでね」
「おしえる まもない
きっと ちかいうちに わたしは
なにかに なるとも
さいごに きみに あえて よかった」
「わたしも ゆうきを だして
おじいちゃんと おはなし できて よかった
げんきでね」
「ああ きみも おげんきで」
次の日、おじいちゃんは海岸に来ませんでした。
ですから人魚も、あのおじいちゃんはもうここへは来ないと察して、来るのをやめてしまったのでした。
(終)
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