夢列車

▷どんな台本?

 所用時間:5~10分くらい

 比率 1:0:1 

 (男女比率はあくまでも仮であり、演技の都合上の改変は問題ありません)


▷ キャラクター一覧

電車さん:車掌ではない

吉野:客。電車で居眠りをしてしまった。


▷ あらすじ

吉野は仕事の帰りに電車で居眠りをしてしまった。ずいぶん遠くまできてしまったらしい。駅員に起こされた吉野は、乗り続けた電車の異変に巻き込まれていく。

(※謎解きはしません。謎も明かされません)


駅員:お客さん、お客さん

吉野:……?

駅員:随分ながくお眠りでしたね

吉野:……もう終点?

駅員:いいえ、まだです。ですが、もうお客様はみなお降りになられて、今はあなた一人です

吉野:そうなの

駅員:なにか悩み事ですか?

吉野:悩み事

駅員:よければ僕が聞きますよ。終点にはまだ遠いですから

吉野:……いえ、悩みなんて、無いです

吉野:それより、いまこの電車はどこを走っているんですか? 私が帰れるところでしょうか

駅員:走っているところはお伝えできますが、帰れるところかはわかりません。何せこの電車はしばらく一方向に走行中でありますから

吉野:ああ、そうですか……


0:(しばらく二人は黙ったままでいた。しかし駅員__制服を着ている他人__は吉野の座っている座席の隣からは退かないままでいる)


吉野:あの、あなたは運転士かなにかですか?

駅員:いいえ、僕は電車の運転はしません

吉野:じゃあ、車掌さん?

駅員:車掌も違います。僕はただの駅員ですよ

吉野:そうですか


吉野:あなた、さっき「お客様はみなお降りになられた」と言っていましたよね

駅員:はい

吉野:それって、どれくらい前からだったんですか

駅員:いつと申されますと、お答えしかねます。僕が巡回したときには既にお客様はあなた一人になっていましたから

吉野:そうですか


吉野:いま、何時でしょうか

駅員:時間、ですか

吉野:私が電車に乗ったとき、23時11分だったはずです。眠りこけて、お客さんがいなくなるほどながく眠ってしまったとしたら、日付は超えていますよね

駅員:ええ、日付は超えていますが、今からでも終電には間に合います

吉野:そんなに遅くに電車が出ているのですか?

駅員:ええ

吉野:……駅員さんは、大変ですよね

駅員:そうですか?

吉野:大変ですよ。深夜まで電車を走らせて、始発は日の出があったかどうかの時間にあるんですから。交代でやっていたとしてもつらいです

駅員:皆様の生活を支えているのですから、つらくてもかまわないですよ

吉野:そんなものでしょうか。私だったら耐えられない

駅員:お客様はお帰りだったのですか?

吉野:はい。仕事の帰りでした。ようやく業務がひと段落して、もう倒れたいと震える膝を叩きながら数十分ほど歩いて駅に向かって、やってきた電車の座席に座って

駅員:「心地がいい」と

吉野:そうです。電車はいつでも心地いい。座席は柔らかすぎず硬すぎず、誰かが私を運んでくれるという感覚は暖かくて、ずっと乗っていたいという気持ちにさせてくれます

駅員:ああ、ありがとうございます。仕事のしがいがあります

吉野:電車を降りたら、家までまた歩きます。心地いい椅子に座ってしまったので、起き上がれるようにひと眠りをしようとしただけだったんです

吉野:駅員さん

吉野:ここ、ただの電車ではないですよね

駅員:なぜそう思われたんですか

吉野:携帯の電波がずっとないままなんです。それに外の景色はずっとトンネルの中

吉野:この電車は、どこを走っているんですか?

駅員:お答えしかねます。僕は運転士ではないですから

駅員:それに、願ったのはあなたのはずです

駅員:「このまま、降りる駅にたどり着かなければいいのに」

吉野:……

駅員:なにか悩み事でもあるんじゃないんですか?

吉野:悩み事ですか

駅員:よければ聞かせてください。どうせしばらくは次の駅にたどり着きません

吉野:そうですか

吉野:悩み事、そう、悩み事

吉野:口に出すのもはばかられる悩みばかりです。すべてが私の体をむしばみました

吉野:もう疲れてしまったんです

吉野:何もかも嫌になって、この電車で、運んでくれるところまでウンと遠くに連れて行ってくれたらと思いました

駅員:そうですか

吉野:電車は、その駅を降りていなくてもそこまで移動をしていたなら運賃を払わなくてはいけないでしょう

吉野:私、いったいどれだけ遠くに行ってしまったんでしょう。お財布の中にあるお金で足りるかしら

駅員:どうでしょうか。お客様のお乗りになられた駅よりここはほど遠くにありますよ

吉野:私はちゃんと帰れますか

駅員:帰れるところであるかはお伝え出来ませんが、帰るためのお乗り換えの電車をお伝えすることはできます

駅員:次の停車駅で、同じホームの、向いの電車にお乗りください。そうすれば、ちゃんと現世に帰れます

吉野:いまこの電車はどこを走っているんですか?

駅員:走っているところはお伝え出来ません。この電車の運転士はいないんです

吉野:じゃあ、車掌さんはいるの?

駅員:いいえ、僕一人きりです

吉野:そうですか

吉野:それは、きっとさみしい

駅員:さみしくはありません。こうして迷ってこられるお客様とお話をしているのが私の倖せなのです


駅員:ああお客様、お客様

駅員:随分ながく乗っておられましたね

駅員:もうお客様はみなお降りになられて、今はあなた一人だけです

駅員:このまま乗られるなら、望まれたまま遠くに運ばれて、どこにもない場所を電車は走り続けます

駅員:人の世に帰るなら、次の停車駅で降りなければなりません

駅員:お客様、お客様

駅員:いかがなさいますか

吉野:……次の駅で、降ります

吉野:帰らないと。やり残したことがたくさんあるの

駅員:そうですか

駅員:お帰りであれば、お支払いをお願いします。金額はあなたの支払いたいものでかまいません

吉野:なんでももらってくれますか?

駅員:はい。支払っていただけるのであれば

吉野:……なら、もらってください

吉野:明日もきちんと仕事ができるように、もらってください

駅員:はい。かしこまりました

駅員:まもなく次の停車駅につきます

駅員:お足元にお気を付けください。




行雲流水

「こううんりゅうすい」 ありのまま私の思いついた作品を投稿したいという思いで名づけます。

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